経験者は経験者の眼鏡をとおしてそれを見るが,経験していない者はそれ以外で経験したことをつなぎ合わせてそれを見る。

経験者は経験者の眼鏡をとおしてそれを見るが,経験していない者はそれ以外で経験したことをつなぎ合わせてそれを見る

主観と客観は,言葉のうえではたとえば「主体」である自分と「客体」である他者の視点だと解してOKだと思うのだけれど,しかしそれはやっぱり自分の頭で考える限り,他者の視点とても,主体たる自分自身の妄想の産物なのだから,これまた完全な「客体」でなく,強いて言うなら「客体」っぽい何か,ということだと思うのです。

ということは,ある経験したひとには,その経験していないひとのことはわからないので,経験者はその経験についてアドバンテージがある反面,非経験者の気持ちはわからないので,それ自体がディスアドバンテージでもあるってことで。

経験がない者ができる助言と,経験者でないとできない助言には,実ははっきりとした違いがあって,知識や経験則が知りたいんなら経験者から「教えを乞うた」ほうがいいけれど,一方で経験が邪魔をすることは往々にしてあります。

経験者の眼鏡が,自分が通ってきた道をふまえたものである限り,まっさらなものに寄り添うことは難しく,熟練の技術が必要となるのですね。

ただし知っている者は,知らないふりをすることもできますから,経験が大きな武器となることは間違いのない事実です。それをただ一方的に経験がなければ寄り添うことはできないとか,助言はできないと言い切ってしまうことで誤解は生じやすいのかもしれないと思う一方で,やはり経験してきた内容についてのコンサルティングは,得意分野と言っていいと思います。

いずれにしても僕らキャリアコンサルタントは,どちらかに振れることなく,様々な立場に想いを馳せて,相手の視点になれるように努力することが必要だと思っています。
だからこそ,経験の有無にかかわらず,どちらかが正しくて,どちらかが間違いであるという極端な立ち位置ではなく,クライエントを受容しつつ,しかしあるがままの自分で対面することが求められるのだろうと考えています。