部下や後輩の指導に向いていないと思った人に知って欲しいこと。#5

僕が有料で行っているコーチング研修では,最初に基本スキルである「聴く」を徹底的に練習します。

コーチングの核心はほとんどマインドセットにあると思っていて,それを具現化するスキルのひとつが傾聴だからです。

しかし「傾聴」は修得度合いがなかなか分かりづらく,成果が目に見える形であらわれにくいものです。短期的に大きな効果を得たいと思っているひとほどここでガッカリして,とりあえずすぐ使えるテクニックを知りたがります。

なんでもいっしょなんですが,短期的な効果をあげるスキルやテクニックでは見た目が美しくなっても大事な根や幹がしっかりとしていないために,中長期的な成果をあげることはできません。

まずはコツコツジックリと傾聴を身につけることで,コーチングという大きな樹を育てるにはドッシリとした根をはって,そのうえに美しい枝葉,すなわちテクニックを乗せることで長期的に効果を発揮し続けることができるのです。

コーチングで重視する基礎スキルは,

観る
聴く
認める
問う
伝える

の5つです。その下にコーチングマインドと自己基盤がすべてのスキルを下支えします。

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コーチングピラミッド

自己基盤,マインドセット,そしてそれらに支えられた信頼関係をつくるのは容易ではありません。いくら傾聴に努めてもコーチングマインドが育てられていなければ信頼関係はできませんし,当たり前ですが信頼に値する自己基盤がなければこれまた信頼とはほど遠い関係性になります。

これらが不足した状態でのコーチングは,いかにも技術的で見た目がいかに上手なセッションのように見えたとしても,部下や後輩たちの心には少しも響かないでしょう。

1on1を会社が導入して,おざなりな1on1実施のための研修を上司達がひととおり受講したとします。

技術として傾聴を学び,技術として「問い」を学んだとします。

しかし,そのコアたるマインドセットや自己基盤のない1on1は,体裁は1on1ですが中身はコーチングとはほど遠いものとなるでしょう。

雑談で終わるか,話すことがなくて沈黙。
沈黙に耐えきれず,助言,提言,一方的な説得,下手すれば説教。

体裁だけ整えた目標設定とその進捗確認ぐらいならまだマシな方かもしれません。

また課長,変なセミナー受けてきたみたいでやたら頷いたり,オウム返ししてくるし,変な質問ばっかりしてくるんだよね。

なんて,部下たちの間で噂になるなんてことにすらなりかねません。

そしてこれらの体験をしたひとたちが,コーチングって結局つかえないよね,という評価をつくってしまっているのが現状です。

とりわけピラミッド型の上下関係をつくっておきたい上司たちは,コーチングのような手法を嫌います。部下はあくまで部下として扱いたいからです。そうでなければ自分の存在価値が下がると彼らは無意識に怖がっているのです。

本当のコーチングを身につけるには,その技術だけでなく,人間としての力強さ,言わば人間力を身につける努力が必要です。
それがとても難しいので,多くのひとが中途半端なコーチングを学んで,その効果にガッカリしたり,使えない技術と投げ捨ててしまったりします。

クドいようですが,僕が何度も繰り返し,自己基盤やマインドセットの話をするのはそれがいちばん大事だからです。
そして実はそれらは技術を下支えすると同時に,技術が自己基盤やマインドセットをつくっていく側面もあります

傾聴の練習は,自己基盤とマインドセットの醸成にとても大きな影響を与えます。だからこそ傾聴はしっかりと時間をかけて身につけて欲しいのです。

ぜひコツコツジックリと取り組んでいきましょう。

傾聴のトレーニング

傾聴を成功させる条件は3つあります。

1.無条件の肯定的関心
2.共感的理解
3.自己一致

近代カウンセリングの父,カール・ロジャースが提唱したカウンセリングの成功の6つの条件のうちセラピストの態度として求められる3つです。

聞いたことがあるひともいると思いますが,これを体現するのは容易ではありません。しかし,意識して傾聴を続けることで,少しずつ身についていきますので,しっかりと意識して傾聴を続けていきましょう。

1.無条件の肯定的関心

相手の存在や価値観を無条件に肯定的に受け止めることです。どのような相手であっても,その存在や価値が確かにそこにあることを受け止め,認めるという姿勢です。

2.共感的理解

共感的理解というのは,話し手の内側にたって話を聴くことです。それでいて自分であることを忘れずに,”あたかも”そのひとであるかのように話を聴くことです。相手の人生という映画を共に並んで観るようなものかもしれません。

3.自己一致

聴き手自身が,しっかりと自分を受け止められていること。偽った自分で向き合っていないことです。先輩や上司っぽく振る舞って,無理して良いことを言おうとしたり,自身の気持ちをごまかそうとしたりせず,まっすぐに向き合うことが大切です。

これらはしかし技術ではありません。
セラピストに必要な態度,関わり方です。

ロジャーズが懸念していたように,これらを単なるテクニックとして考えてしまえば,ただ手法を真似るのみとなり,大切な要素が抜け落ちてしまいます。

傾聴は技術であり,しかしその核心は単なるテクニックでない心から相手を想う関わり方です。

カウンセリングをするわけではないから,ここまでの意識は不要と思うかもしれません。そしてそれは間違っていないかもしれません。しかし,他者の話を聴くということは,カウンセラーの傾聴と同じ程度を目指すぐらいの覚悟は必要なのだと僕は思っています。

それでこそコーチングの効果は高まります。